オーストラリアの競馬ホットニュース

1997年【下半期】



【12月】ビードマン騎手。勝ち星で引退レースを飾る。

等身大ポスターが売られたり、似顔絵入りのティーシャツが売られたり、この日のランドイック競馬場は、いつもの競馬場とちょっと感じが違いました。

牧師になるために、騎手生活からの引退を表明したビードマン騎手は、トム・クルーズに似た二枚目で、更にトップジョッキー。しかし、日本のように若い人があまり行かない「大人の遊び場」のオーストラリアの競馬場では、こんな騒ぎって珍しいのです。

この日、彼の信奉するキリスト教会から、ゴスペルを歌う尼さんを従えて競馬場入りしました。テレビもラジオも、新聞も、駆けつけ大変な賑わい。これで普段は、競馬場に来たことのない人まで集まったと言いますので、どうりで、ビードマン騎手は、競馬界のアンバサダー(親善大使)って言われるわけです。

ビードマン騎手、さようなら。
<29DEC97記>


1月12日号の競馬ブック買ってみてね。

今度、私ハイランド真理子は、競馬ブックにも時々記事をかかせてもらうことになりました。第一回目は、「車椅子に乗った調教師」。落馬事故で、首から下が全く麻痺してしまった元騎手が、調教師として活躍する話。

これからも、競馬にまつわるヒューマンドキュメンタリーを書いていきますので、お楽しみに。この話読んで気に入ったら、競馬ブックにお便りちょうだいね。
<29DEC97記>


オーストラリアで、最初の大きな勝ち星、オサリバン調教師

ホーリックスで日本の競馬ファンにもよく知られている、ニュージーランドのデイブ・オサリバン調教師。

彼は、2年前に、シドニーのランドイック競馬場にサテライト厩舎をリースしました。ニュージーランドではリィーディングでも、オーストラリアではあまりパっとしなかった同調教師でしたが、この12月20日に、ランドイック競馬場で開催されたGUビリヤーズステイクス(1600m)で、オーレッティで、見事な勝ち星を上げました。オサリバン調教師、片目が開いて、ほっとしたのではないかしら。何しろ、ニュージーランドより物価の高いシドニー。ここに厩舎を開いて、人を雇って、あまり、勝ち星が上がらなければ、オーナーたちから苦情がくるかも知れません。もちろん、厩舎の経費も大変です。オサリバン調教師、よかったですね。
<22DEC97記>


シドニーも負けずにナイトレース

メルボルンのムーニーバレー競馬場では、来年1月にナイトレースを開催します。何かにつけ、メルボルンとシドニーの対抗意識が話題に上りますが、今回も、このメルボルンに負けじと、シドニーターフクラブが、カンタベリー競馬場でのナイトレースを発表しました。この案は、既に、近隣の自治体からも青信号を貰い、これまた来年の8月にオープンするそうです。

日本でも大井競馬場や川崎が成功していますので、この企画ぜひオーストラリアでも成功してほしいもの。夏の長いオーストラリアですから、ビール片手に競馬。私もぜひ体験したいと思っています。
<22DEC97記>


ビードマン騎手、騎手生活最後の遠征で勝利

いよいよビードマン騎手の騎手生活が秒読みに入ってきました。この12月26日で、最後の騎乗。オーストラリアの人々は、まるで、山口百恵の引退を見守るような気持ちでこの日を待っています。(若い人は、知らないでしょうね)

さて、そのビードマン騎手が、12月14日に香港のシャティン競馬場で開催された、GUインターナショナルボウル(1400m)で、カミングス調教師のカタランオープニングに騎乗して勝ちました。彼は、もともと、同レースに出たオーストラリアの馬スパルタクスに騎乗が決まっていたのを、神様からのお告げを聞き、カタランオープニングに変えたと言われます。だんだん神がかってくるのが、何だか心配ですが、それにしても、そのお告げが当るのも事実。彼の騎乗した馬は、オーストラリアで活躍しているマレーシア人のビジネスマン、ダトー・ダン・チン氏の所有馬。同氏は、また、ジャパンカップに行ったセイントリーの所有者でもあります。

ビードマン騎手にとっての香港は、落馬事故にあったり、9ヶ月間騎乗停止になった、辛い思い出の場所です。しかし、そうした辛い事があったから、同騎手は、神様を見出したのだといいます。ビードマン騎手にとって、海外遠征最後、そして、辛い思い出のあった香港での勝利は、殊の外「スイート」(嬉しかった)のではないかと思います。

それにしても、こんなに上手な騎手が、オーストラリアの競馬シーンから消えてしまうのは、とても残念でなりません。

同騎手は、先年、武 豊騎手が、オーストラリアにきた時に、ビードマン騎手と一緒に、ゴルフを楽しんでいるのです。香港でも、一緒に、話していたかなあ。

<15/DEC 97記>


上山競馬場の水戸騎手、板垣騎手、長浜騎手が、クインズランドで騎乗

冬の間は、競馬のない上山競馬場から、水戸騎手、板垣騎手、長橋騎手の3人の騎手が夏も真っ盛りのクインズランド州にやってきました。ベテランの水戸騎手は、これまでシンガポールで騎乗しているのですが、板垣騎手と長橋騎手は、海外が初めて。また、芝で走るのも初めてづくめです。

でも、12月7日に開催された、クインズランド州サンシャインコースのコーボールド競馬場で開催された未勝利戦(1000m)で、インザキャッシュという馬に騎乗した板垣騎手は見事勝ちを出し早速地元の話題になりました。

この後、クインズランドは、大雨で、多くのレースが流れたため、この後の騎乗は、決まっていません。今回は騎乗が少なくて残念だったけど、三人にはまた来ていただきたいですね。
<10/DEC 97記>


ダレン・ビードマン騎手、最後のメルボルン騎乗

イントリーで昨年のオーストラリア競馬シーンを沸かしたビードマン騎手が、この12月26日の騎乗を最後に引退し、牧師になることに決めた話題は、オーストラリア中を揺るがしました。

そしてその引退の日が刻々と近づいています。そんな中、ビードマン騎手は、12月6日の土曜日、メルボルンのムーニーバレー競馬場で、メルボルン最後の騎乗を完了しました。この日3鞍に騎乗して、3鞍とも勝った同騎手。最後のレースに勝って体重計のところまで行く時、はからずも流れた「マイウエイ」のメロディー。

トップジョッキーの道を捨て、自分の信じた信仰の道を行こうとしているビードマン騎手は、ここで思わず涙したとプレスは報道しています。
<8 DEC 97記>


競馬場が、レジャーセンターに?

競馬場になかなか人が集まらない。どうしたらいいか、各ジョッキークラブともに、今真剣に考えているといいます。メルボルンのムーニーバレージョッキークラブやシドニーターフクラブでは、そのため、ナイトレースを考え出してきました。まだ始まっていないので、なんとも言えませんが、ぜひ成功してもらいたいもの。

さて、遅れ馳せながら、保守的なことで知られるオーストラリア・ジョッキークラブ(AJC)も、何か考えているようで、チーフ・エグゼクティブ(最高経営責任者)トニー・キング氏は、最近新聞記者の質問に答えて、「クラブの会員が望めば、競馬場にテニスコートを作ることもあります。必要ならスロットマシーンなども、置いてもいいかもしれません」と言っています。

実際各競馬場とも、一つあるいは二つ、大きな競馬場を所有しており、その資産価値だけでも、大変なものです。宣伝しなくても、入場者があった頃に比べて、今こうした広大な競馬場をどのように有効利用していったらいいか、考える時代になってきました。ニュージーランドでも、オーストラリアと同じような悩みを抱えていて、ある地域では、二つのクラブが合併して、ジムや、レストラン、テニスコートなどを競馬場につくって、総合レジャーセンターとしています。

こうしたあり方は、経済的に苦しんでいる日本の地方競馬場でも、考慮してみるのも手ではないでしょうか。
<8 DEC 97記>


ビードマン騎手、香港で騎乗

香港とビードマン騎手は相性が悪い。なぜなら、トップジョッキーだった彼が、落馬事故、出走停止と、辛い思いをした場所だからです。
実際、その後彼がキリスト教の牧師になる決心をしたのは、その香港での不遇な時期に関係があると彼自身が言っているほど。
その香港で同騎手が、騎乗をすることになりました。この12月26日を持って引退することになっている同騎手の、そしてこれが最後の香港での騎乗になります。


ビードマン騎手が騎乗するのは、カタランオープニングで、当初、スパルタカスに騎乗予定だったのを「神様のおぼしめしにより」断って、カミングス調教師のカタランオープニングにしたということです。
さて、神様の審判はどう下るか。興味がありますね。
<1 DEC 97記>


もひとつオージーに人気の出ない、ドバイワールドカップ

ジャパンカップを上回る賞金で知られるドバイワールドカップ。

毎年3月にナッドアルシーバ競馬場で開かれますが、これまでに、今年のメルボルンカップの2着馬ドリーマス、と3着馬のマーカム、JC参戦馬エボニーグロウブ、タンピアレイン、デリンクエントの5頭がノミネートしてきました。でも、5頭は、やっぱり、少ない感じです。長い輸送の問題と、サンドコース、そして、シーズンがネックになっているよう。
いい馬ですと、この時期、シドニーで開催されるオータムカーニバルで、数百万ドルは稼げますから、何も、わざわざ、遠征しなくてもというところでしょうか。だから、シガーが勝った時も、「彼は、ダートでは、チャンピオンだけどね」という反応。ノーザンテトリトリー(北部特別地域)を除いては、ダートレースのない、オーストラリアならではの感想です。


ところで、来年の3月には、ドバイにターフコースが出来るとか。ワールドカップと同時期に、2400mのオープンターフレースが行われるから、オセアニアからも、ぜひ来てくださいと、ドバイの人は言っていますが。
<1 DEC 97記>



【11月】日本出張からやっと、オーストラリアに帰ってきました。帰ってきたと思ったら、こちらはすごい夏の気候。連日30度を超す暑さです。

オーストラリアの競馬シーズンは、州ごとに、移り変わっていく、渡り鳥方式です。一般的には、その州の一番気候の良いシーズンの一ヶ月か二ヶ月間行われます。
その時期に、州のダービーや、オークスなど、いわゆるクラシックレースが実施されるわけです。

例えば、メルボルンは、こちらの春のシーズン。暖かいクインズランド州では、こちらの冬にあたる6月シーズンというように。

さて、この12月、1月は、西オーストラリアのパースを中心に、カーニバルが開催されます。機会があれば、ぜひパースまでお出かけください。パースのカーニバルの日程は、次の通りです。

12月6日 クイーンズカップ
12月13日 西オーストラリアオークス
12月20日 BMW CBコックスステイクス
12月26日 WATCダービー
12月28日 競馬場でのミサ
12月30日 出走馬の追いきりをみながらの朝食
1月1日 パースカップ
1月3日 レイルウエイステイクス

といった具合です。パースは、ちょっと遠いけど、空と海の格別美しいところ。アスコット競馬場も、とてもチャーミングな競馬場です。<28 NOV 97記>


メルボルンカップ、外国勢、まあまあの活躍

ヴィンテージクロップ以来、メルボルンカップで、あまりパットしないヨーロッパ勢。今年は、何と、女王様が、アラビアンストーリーという、自分で生産した馬を送り込んできました。調教師は、ハリントン卿。もう1頭の馬ハーバーデューは、女王様の馬ではないけれど、これも、調教師が、レディ・コチレイン。この方も、ご主人が爵位のある方とお見受けしました。さて、この2頭は、ハーバーデューが4着、アラビアンストーリーが6着。賞金は4着で9万ドル。何とか、イギリスからの経費が出たかなというところ。女王様の収支は、残念ながら、2万ドルの持ち出し。でも、彼女お金余っているから、いいよね。

やっぱりしゃべらなかった、サイレントマン

ジャック・デナム調教師は、現在70歳。これまであまり目だたなかったベテラン調教師です。それが、昨年から管理馬フィランテを始め、一気に数頭が大活躍を始めました。そして、そのフィランテに続くチャンピオン馬、マイトアンドパワー。この馬がコーフィールドカップGI)で7馬身半と言う記録勝ちをしてから、これまで、話題に上らなかった同調教師が、急に脚光を浴び始めました。

それも、ものを言わない調教師、「サイレントマン」としてなんです。この前もお伝えしましたが、実は彼、この何十年も、マスコミと話しをしていないのです。「傲慢だよ」とか「ちょっとおかしいんじゃないの」「偏屈だよなあ」とか、話して貰えない、マスコミのデナム調教師叩きが始まりました。ところが、今度は、彼を知る人々が、ラジオ番組などに電話をかけて、「彼は単に静かな人物なんです。自分の仕事をコツコツしていくタイプなのです。彼が話さないのは、ただ派手なことが嫌いなだけなんです。」と、彼の人間性を弁護するにまで至りました。さて、マイトアンドパワーは、カップの本命。

11月4日のメルボルンカップの時でも、やっぱり、話さないのかな。勝ったら、笑顔ぐらいはみせるんだらうな、と、果たして、デナム調教師が話すかどうかに、賭けができそうな雰囲気。そして、そのデナム調教師。見事初めてのメルボルンカップを手にしたのですが、マスコミの期待は見事ハズレてしまいました。デナム調教師は、ニコリともしなかったし、もちろんマスコミの誰とも話しをしませんでした。

さて、このマイトアンドパワーですが、騎乗した、ジム・キャシディ騎手は、来年のジャパンカップに連れて行きたいと、マスコミに言っていました。ホント、日本のファンに、あの走りぶりを見せてあげたいと思います。でも、言っておきますが、デナム調教師は、記者会見ではしゃべりませんよ。


ノーザンファームの吉田勝巳さんがオーストラリアに何頭も馬を持っているの知っていますか。それも、大変成功しているのです。ナカナカいいエージェントを持っていることもそうですが、やはり吉田さんの選択眼の素晴らしさ。そのうち、日本だけでなくオーストラリアの競馬も制覇なんてことも...

中でも成功しているのが、デロベ。現在5歳牝馬のデロベは、リー・フリードマン厩舎で管理されていて、25戦して優勝が5回、入着が6回(
GI、サウスオーストラリアン・オークスを含む)。今回GIのコーフィールドカップでは、21枠という大外枠を引き残念ながら着外でしたが、オークス牝馬だから、恐らくこの後繁殖に使うために、日本に行くのではないでしょうか。日本でもきっと成功すると思います。

オーストラリアの競馬は一年中行われていますが、最も活気のあるのが、今、春の時期です。春はメルボルンに重賞レースが集中して、毎週のようにGIレース開催されますが、来週は、オーストラリアを代表する馬齢重量戦コックスプレート、再来週は、ビクトリアダービー、11月の第一火曜日は、世界的に知られるメルボルンカップです。メルボルンカップの日は、ビクトリア州が休日。他の州でも、競馬開催の時間はほとんど仕事になりません。来週は、そんなメルボルンカップのことをお話しましょう。


マンオブサイレンス!!ものを言わない調教師。

コーフィールドカップの勝ち馬マイトアンドパワーを管理するジャック・デナム調教師は、大のマスコミ嫌い。全くものを言わない、全く表情を変えない調教師として知られています。

これは、大変フレンドリーなオーストラリア人には珍しいこと。40年もの間競馬記者をしているマックス・プレスネル記者は、この40年間、同調教師とは一度も話しをしたことがないと嘆いています。

オーストラリアの重賞レースの表彰式には、必ず調教師の挨拶がありますが、彼はこれまでも一度も出たことはありません。(日本だったら考えられませんよね!)表彰式には、人前に出ることを嫌うお父さんに代わって、いつも息子が表彰式に出ます。

今年このデナム調教師の馬が、メルボルンカップで勝ちそうなのですが、カップ前から、マスコミが嘆いているのは、「インタビューがとれるだろうか?」でも、恐らく絶対ダメだろうというのが、大方の予想です。デナム調教師、馬には話し掛けているのでしょうか。


女性の調教師が、リーディングトレーナーに。

オーストラリアには女性の調教師が数多くいますが、それでも、トップになったのは、ゲイ・ウオーターハウス調教師が初めてです。

ウオーターハウス調教師は、一昨年のストーニーベイをジャパンカップに持って行ったので、覚えている方もいるかもしれませんが、彼女は昨シーズン、シドニーの調教師ランクでトップになったばかりでなく、1シーズン、メトロポリタン競馬(大都市競馬)で100勝以上するという快挙まで果たしました。

この快挙はこれまで彼女のお父さんトミー・スミス調教師と、ブライアン・メーフィルドスミス調教師の2人しかいません。トミー・スミス調教師は、オーストラリアの競馬の歴史に残る名伯楽で、30年間シドニーでリーディングトレーナーだった人です。蛙の子は蛙なのでしょうか。

ちなみにウオーターハウス調教師は、元女優。そのしゃべくりで、ガンガン、馬主を集めています。




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