オーストラリアで活躍するJOCKEY


オーストラリアで英語を勉強しながらホースマネージメントの基礎を学び、その後上級騎乗を学んで騎手になった。


語学はもちろん、競馬のノウハウを一から学べる
夢はオーストラリアで大きく広がる。

オーストラリアのトップ騎手が集まる騎手激戦区のシドニーで、現在リーディングランキング3位につけ、話題を撒いているのは、Joe(ジョー)こと、藤井勘一郎騎手。現在まで146勝、今年はシドニー、メトロポリタン地区での23勝を含めて37勝している。 藤井騎手は6年前、オーストラリアにやってきた。「中学3年のときにJRAを受けたのですが、落ちてしまいました。試験に落ちてから競馬雑誌を見ていたら、オーストラリアの競馬学校の広告があって、ああ、そうか、日本で騎手になれなくても、オーストラリアなら騎手になる道があるんだなって、中学卒業と同時にやってきたんです」と藤井騎手は語る。上級コースを卒業して9ヶ月間攻め馬手をして、オーストラリアに戻った。カントリーの厩舎で1年。また更に、当時はシドニーから車で1時間ほど離れたゴスフォードと言うところにあるゴードン・ヨーク厩舎で1年間見習い騎手をした。「ゴードンの厩舎では、朝3時半頃起きて、夕方まで働きました。あの時には結構キツイなと思っていたけど、今になって振り返れば、あの苦労が今の自分の中で生きているのだと思います。ゴードンからは馬やレースについて色々教えてもらいました。彼を、人間として尊敬しています」と藤井騎手。現在、ゴールドコーストにある競馬学校トレインテック2000のディレクターを勤め、藤井騎手を、彼がオーストラリアに来たときから良く知っているハイランド真理子さんは「辛かったときが今の自分を作っているなどと彼から聞くと、彼も成長したなと思います。本命馬に乗ってもプレッシャーを感ぜず、逆に嬉しいと思うようになったというのですから、もう一人前ですね」と絶賛。

ところで、藤井騎手が人間として尊敬しているというヨーク調教師の厩舎には、小沢勇二騎手君など4人の日本人騎手が所属している。

その中の1人に、元宇都宮競馬で騎手をしていた藤本靖騎手がいる。藤本騎手は日本で騎手を辞めてから居酒屋で働いていたが、どうしても馬の世界が忘れられずに、オーストラリアにやってきて騎手になった。「英語の勉強と騎乗の勘を戻すために学校に入りました。今は、とても充実しています。地方の競馬場が閉鎖されて、競馬を諦めた人たちもいると思いますが、僕のように、もう一度トライして欲しいですね」と、かつての同僚たちにメッセージ。

仙台出身の甲斐学君は、タムワーストいうNSW州のカントリーで騎乗している。甲斐騎手は最初、オーストラリアの首都キャンベラの厩舎に所属していたが、「完璧主義の調教師で、かなり大変でしたね。でも、そこで、昨年シドニーの見習いリーディングだったキャシー・オハラと一緒になったんです。その頃彼女もあまり乗れなくて、そこからカントリーに転厩したら、メキメキと成績を出し、結局はシドニーに呼ばれてリーディングになったんですから僕も負けられませんよね」と言う。

西オーストラリア州たった一人の日本人として、パースで頑張る池主貴秀騎手。彼は、デビュー当時、リーディング見習い騎手となった。マレーシアでの騎乗など、海外経験もある。オーストラリアの永住権をとるのはなかなか容易ではないが、騎乗者は比較的獲りやすいため、池主騎手は、既に永住権をとり、シニアジョッキーとして騎乗している。

<2007年記>



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