「優駿」オセアニア情報





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優駿 2007年4月号





豪州の西の果て、パースから現れた"スーパー牝馬"

オーストラリアの西の果て、パースから、時々凄い怪物が現れる。例えばノーザリー。サーヒードという無名の種牡馬が父だったが、パースのGTを優勝してメルボルンに遠征してから、あれよあれよという間に大レースという大レースを勝ち抜き、更にオーストラリア競馬の最高峰コックスプレートのダブル優勝を果たして、オーストラリアの歴史に残る名馬となった。

そして、そのパースからまた傑出したスーパースターが出てきて話題を振りまいている。それが、今年、グローバルスプリントチャレンジのオーストラリア2戦を勝ったミスアンドレッティ。ミスアンドレッティもまたノーザリート同じく氏素性のあまり知られない田舎の馬。パースで9戦して、鳴り物入りでメルボルンに遠征したが、結果が出ず、やはりそれだけのものかと思いきや、その後メルボルンの大物馬主に買われて、リー・フリードマン調教師に転厩、見事な変身を遂げた。

現在5歳の牝馬であるミスアンドレッティは、パースからおよそ180キロ南にあるダンダルップのホビーブリーダー、ペギー&キース・ビーグルホール夫妻の小さな牧場で生まれた。キースさんは、レンガ工として長い間働いた後、西オーストラリアの水道局に勤めて引退者となった。ミスアンドレッティの母親、ペギーズビッドは、彼らの持ち馬でトライアルを3度したが、競走をするには至らなかった。そのペギーズビッドを繁殖にと思えど金がない、そこで、イヒタリムという種牡馬の種付け料の代わりに、生まれた子を牧場に渡して、二番目の子を自分が引き取るという契約をとりつけた。牧場に渡された子が、ミスアンドレッティ、二番目の牡馬は、現在、その全弟、チャーリーボー。現在、9戦して5勝と、これまたなかなかの成績を出している。このように、ブリーダーは、現在ではチャンピオンになっているミスアンドレッティを手放してはいるが、母親のペギーズビッドは手元において、ミスアンドレッティと同じくイヒタリムをつけた。

ミスアンドレッティの父親イヒタリムは、オーストラリアでも優れたスプリンター、ベルエスプリなどを出しているロイヤルアカデミー血統、母のペギーズビッドは、かつてサングスター氏が、メルボルンカップを狙って輸入したマルーンドだがメルボルンカップには勝てず、そのまま引退して、西オーストラリアで生産馬となった。さてミスアンドレッティは、前述のように、グローバルスプリントチャレンジの第一戦目、ライトニングステイクスと、二戦目のオーストラリアステイクスに勝った。昨年は、マニカトステイクスに勝っており、これらのレースは、オーストラリアのスプリントレースの最高峰であるから、ミスアンドレッティは、この三つのレースに勝った最初の馬になった。

そして、ご存知かもしれないが、今年は、フレミントン競馬場が工事中のため、ムーニーバレー競馬場で開催されている。したがって、彼女のGT優勝の全ては、ムーニーバレー競馬場でのこと、小回りのムーニーバレー競馬場では、無敗を誇っている。ということは、中京や中山競馬場向きだ。

ミスアンドレッティは、現在のところ(3月初め)、ドバイワールドカップのゴールデンシャヒーンに出走して、それから英国で、グローバルスプリントチャレンジに臨むことになっている。もちろん、それから、日本に向かって欲しいのだが、リー・フリードマン調教師は、日本の馬場に批判的であるから、出走はまだ分からない。

オーストラリアステイクス後のミスアンドレッティの成績は23戦して15勝、うち重賞レースは9勝。スーパー牝馬の名前をとっているのも確かにうなずける。