「優駿」オセアニア情報





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Mariko Hyland & Associates Pty.Ltd.



優駿 2005年12月号


第145回メルボルンC


オーストラリア競馬史に残る快挙達成
牝馬のマカイビーディーヴァが3連覇

Will she or won't she? 彼女は走るのか?走らないのか?あるいは彼女は(3連勝)できるのかできないのか?今年のメルボルンカップは、初めから最後まで、このマカイビィディーヴァを巡った質問で終始していた。そして答えは、YES。 結局、マカイビィディーヴァは出走を決定し、歴史的なメルボルンカップ3年連続を果したのであった。 コックスプレートステイクスを勝ち、これまでオーストラリアの歴史上誰も果したことの無いメルボルンカップ3年連続優勝を果したマカイビィディーヴァの輝かしい戦歴の中で日本遠征だけが汚点を残していた。しかも、優勝馬ではなかったというものの、レースの中で彼女を抜いていたアイポッパーがコーフィールドカップ2着になっていたから、マカイビィディーヴァの関係者、特にリー・フリードマン調教師は彼女のメルボルンカップ出走に関して大変神経質になっていたと言える。「日本の馬場は、ダートの上にほんのわずかだけ芝が敷いてあるだけ」と日本の馬場での恐怖の体験を語るリー・フリードマン調教師は、馬場が固ければ絶対出走させないとレース前から何度も語っていた。馬場の固さは、アイルランドから再度遠征したヴィニーロウも気にしていて、カップ前日、リー・フリードマン調教師とダーモット・ウエルド調教師と共同会見をして、馬場が固ければ出走させないと念を押した。前日の夜フレミントン競馬場には水が撒かれた。ビクトリアレーシングクラブ側は、これは競馬の安全を図るための通常の措置だと、他の調教師やブックメーカーからの非難を一蹴し、レース後グレン・ボス騎手も「文句をつけた調教師たちの馬は、優勝馬から20馬身も離されて負けている。馬場は普通の馬場だったし、彼らの言うことは負け犬の遠吠えにすぎない」とマスコミで語った。フレミントン競馬場の馬場は普通良馬場からやや重であると言われるが、当日のコースはやや重だった。

アイポッパーは当日、絶好のコンディション。日本から応援に来たアイポッパーのクラブオーナーたちもレース前、これまでに見たことがないほどの仕上がり状態だったと語る。メルボルンカップの当日、一般紙のフロントページに、「マカイビィディーヴァの天敵」と写真入りで、アイポッパーの記事が掲載された。 騎乗した騎乗した藤田伸二騎手は、ゲートをうまく出て4コーナーまでの位置取りもよく、もしかして勝つチャンスと一瞬期待されたが、コーフィールドカップの時のように脚が伸びずに、後方から弾丸のように追いかけてきたマカイビィディーヴァと後方集団に差されてしまい、結果は残念な12着となった。 今年もオーストラリアでは、ヘリコプターからの空撮を同時放送していたが、馬群の中心から弾丸のように駆け抜けるマカイビィディーヴァの姿は感動に値するものであった。 残念な結果に、アイポッパー関係者たちは、「前日は、メルボルン市内のメルボルンカップ・カーニバルのパレードを見学して、オーストラリアの競馬の楽しさを満喫したし、いい夢を見させていただきました」と、それでも満足気。

ちなみに今年外国からの遠征組みは散々な結果に終わった。 最後まで来るか来ないかはっきりしなかった、昨年の2着馬ヴィニーロウは、今年は1着から6馬身も離されての8着。それでも他の遠征馬たちの結果に比べればいいほう。南アフリカからの遠征馬グレイズインは18着、ヨーロッパの強豪ディスティンクションは19着で、フランクリンズガーデンに至ってはレースを終わることができなかった。また、カートダイアモンドは、カップ前日の調教で柵にぶつかり傷を負って出走取り消しになり、このままビクトリア州に残って治療に専念することになってしまった。したがって、これらの馬たちに比べれば、メルボルンカップでは負けたものの、コーフィールドカップでは2着になったアイポッパーはまだ救われていると言える。サンデーレーシングの吉田勝巳氏は、これからもオーストラリアの競馬に適性のある馬たちを選んで、更に挑戦に来ると宣言したが、実際、来年は、ヨーロッパからどれぐらいメルボルンカップに挑戦してくるのか興味深いことではある。

尚、今年の2着は、大穴のオンザジューン。騎乗したダレン・ガウチ騎手は、これでメルボルンカップに3度2着になったとマカイビィディーヴァの3回と掛けて「サードタイムアンラッキー」と冷やかされた。オンザジューンの父はメルボルンカップの優勝馬ジューンで、メルボルンカップではライカファルコンに乗ったケリン・マカヴォイ騎手の父親がパートオーナーである。3着馬は、これもちょっと驚きのNZ馬エクセレント。コックスプレートステイクスでもあまり実力が出ず、NZで本当にGTを4回優勝したのかと思われていた矢先、しかも重馬場は苦手というので、予想外の入着となった。ライカファルコンは4着、ラックランリバーが5着。コーフィールドカップでアイポッパーを破ったレイリングスは2番人気にまで押されたが14着となった。

それにしても今回のマカイビィディーヴァ・フィーバーは想像を超えるものであった。オーストラリア人に最も愛される競走馬ファーラップは、第一次大戦後の大恐慌の時代に活躍して、当時辛い生活を強いられていたオーストラリア人の心に灯りをともしたというのだが、今回のマカイビィディーヴァ・フィーバーは一体何が原因だったのだろうか。もしかしてテロや天然災害の不安な時代のオーストラリア人の気持ちの中にスーパーチャンピオンを求める気持ちが高まっていたのかも知れない。144年のメルボルンカップの歴史の中で、コックスプレートステイクス優勝の後すぐに、メルボルンカップの3年連続優勝という偉業を達成したマカイビィディーヴァは、生涯総収得賞金が1450万ドル。ドバイに遠征すると言っていた言葉を覆し、オーナーは優勝の表彰式で、即時引退を決めた。 引退したディーヴァーの価値はザット計算しても5000万ドルにはなるというのだが、彼女の結婚相手は?あと1年は決まらない。もちろん、無料の種付け申し込みが殺到したらしい。

さて、偉業を果したのはマカイビィディーヴァだけではなかった。実はリー・フリードマン調教師は、コックスプレートステイクス、ダービー、メルボルンカップ、オークスの4つの重賞を同じ年に制覇した2人目の調教師となった。 前にこの偉業を達成したのは1935年にルー・ロバートソン調教師1人だけ。しかし、リー・フリードマン調教師は、まだ49歳の若さでGTを110勝している。 このまま行けば、かつてオーストラリアの競馬界を席巻した故トミー・スミス調教師や、今も現役のバート・カミングス調教師を追い抜くことは必至。しかし、リー・フリードマン調教師は、今回の大成功に、「競馬の世界では成功はあっという間にやってくるが、あっという間に消え去ってしまうことを経験しています」と謙虚に受け止めているようだ。それもその筈、5年前の同じ競馬カーニバルでは準優勝が1回だけ、厩舎を畳むことも考えたのだという。 リー・フリードマン調教師の管理するダービーの勝馬は、ヴァイナリー牧場が持っているモアザンレディ産駒のベニシオ、オークスは、ストラヴィンスキー産駒のセレナータローズ。オークスでは、同厩で、吉田勝巳氏がオーストラリアに持つエンプレスリリーも3着に入った。

今年のメルボルンカーニバルは、好天気に恵まれ、フレミントン競馬場への入場も4日間で38万人を超えた。競馬の上昇傾向は、コーフィールドカップ、コックスプレートステイクスでも見られ、単なる天気だけでなく、各ジョッキークラブの大いなる集客努力が実ったのだといえる。