「優駿」オセアニア情報





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優駿 2006年12月号





「ミステリーレース」のウイナーはムーニーバレー・フリークの古豪フィールズオブオマーだった。  COX PLATE

ムーニーバレー競馬場で開催されるコックスプレートは、通常オーストラリアのレースの中でも最も重要なレースの一つとされている。優勝馬の中には、セイントリーやオクタゴナル、サインライン、ノーザリーなどの文字通りチャンピオン馬の名前が並んでいるが、時に、ソルヴィット、サヴァビールなど、このレースには勝ったものの、"ワンヒットワンダー"、つまり一曲だけのビッグヒットを出して消えてしまった歌手のように、そのまま消えてしまった馬たちもいないわけではない。2003年にコックスプレートを勝ち、日本にも行ったけれど、惨敗して帰ってきたフィールズオブオマーは、ワンヒットワンダーではないにしろ、今回のコックスプレートでその評価はあまり高くなかった。彼が優勝した2003年のコックスプレートでは、あのチャンピオン馬のロンロが3着に負けている。抜群の人気を誇っていたロンロを破って勝ったフィールズオブオマーの評判は決して高くなかった。そして、そのフィールズオブオマーが、今年のコックスプレートに9歳で5回目の挑戦することになった。もっとも、誰もがその挑戦を無謀と見ていた。このレース後に、引退も決まっていたから、無理をしないでこのまま引退させたらどうだろうという意見もあった。ところが、どっこいレースの結果は…..誰もが認める実力馬エルセグンドがゴールを決めるその瞬間に、後ろから凄い勢いで飛び込んできて、ちょっと鼻を出し、フィールズオブオマーが優勝を掻っ攫ってしまった。あっという間の出来事だった。フィールズオブオマーのオーナーたちの中にも、その瞬間気絶してしまった人もいたとか。エルセグンドは未来のチャンピオン馬だっただけに、フィールズオブオマーの優勝はちょっとした波紋を起こした。角の厳しい小回りのムーニーバレー競馬場では、時々、こうして、ムーニーバレーフリークが現れる。そして、フィールズオブオマーもまたムーニーバレーフリークであった。実際、フィールズオブオマーは、2002年に最初のコックスプレート挑戦をしたときには5着だったが、2回目の2003年には優勝。2004年に2着で2005年は3着だった。5回の出走で2回優勝、2回入着というのはこれまでに例がない好成績である。本来ならチャンピオン馬として称えられるべきかも知れない。

それにしても、今年のコックスプレートほど難しい予想はなかった。実力馬エルセグンドや、シドニーのGT三冠馬、レーストゥーウインが出走してはいたけれど、アイルランドのダービー馬でオーストラリアではまだ一度も走ったことのないグレイグレイスワローや、レース直前オーストラリアでは許可されていない薬が検出されて出走取り消しになったアメリカの重賞レース勝ち馬オナーインウオー、そしてコックスプレートではほとんど走ることのないわずか3歳のしかも牝馬のミスフィンランドなども雑じって、レース前にはミステリーレースと呼ばれていた。そして結果もまた、ミステリーレースに相応しい結末となった。