「優駿」オセアニア情報





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Mariko Hyland & Associates Pty.Ltd.



優駿 2008年1月号




かの名馬ファーラップに続いて史上2頭目となる快挙を達成。
エフィシェントがダービー制覇の翌年にメルボルンカップを勝利。


馬インフルエンザが猛威を奮い、もしかして開催できないのではないかと心配されたメルボルンカップ・カーニバルは、感染地帯であるNSW州とクインズランド州からの馬たちをシャットアウトして、何とか実現した。ああ、よかったと誰もが胸を撫で下ろした。最終日になって出走取り消しがあり、結局22頭での開催になったのと、当然ながら馬インフルエンザの影響で、全体として売り上げが少なくなったものの、ビクトリア州とNSW州の売り上げは、メルボルンカップの日だけで、何とか1億2千万ドルを売り上げた。また、メルボルンカップ当日のフレミントン競馬場への入場数は、昨年よりわずかに下回る10万2400人。関係者はホッとしたという。

さて、結果は、ご存知のように、昨年のダービー馬、エフィシェント。「ゴール寸前まで勝ったと思った」という英国のルカ・クマーニ調教師は、レース後、憮然としてすぐ帰国の途に着いた。3着になったマーラーの調教師、アイルランドのエイダン・オブライエン調教師は「マーラーで挑戦するかどうかは分からないが、メルボルンカップにはまた馬を送りたい」と語っている。優勝馬のエフィシェントは、3歳でダービー、翌年メルボルンカップを勝ったオーストラリアの競馬の歴史上、2頭目となった。1頭目は、かの偉大なファーラップである。メルボルンカップには自宅テレビで観戦したという、オーナーのロイド・ウイリアムズ氏は、このレースに勝つために、既に何百頭ものザビール産駒を買い続けた。ザビールはこれまでに、ジャザビールと、マイトアンドパワーというメルボルンカップ優勝馬を出している。

メルボルンカップの翌朝、海に出てスイミングをした"FISH"ことエフィシェントは、オーナーとカップとともに、記念撮影をしたらしい。FISHとは、魚が好きなので付けられたニックネーム。ウイリアムズ氏は、実は今年のレースに3頭も登録していた。1頭出すことが夢だという人たちが多い中で3頭とは。勝ったエフィシェントの他に、4着になったジッピング、また、アデレードとシドニーカップのダブルをとったゲーリック。しかし、ゲーリックは、故障でレース直前に出走取り消しになった。もっとも、ウイリアムズ氏の馬が、メルボルンカップを優勝したのは、これが初めてではない。既に1981年にジャストアダッシュ、85年にホワットアニュイサンスが優勝している。現在、ウイリアムズ所有の馬で、重賞レースを狙う馬は70頭もいるというから、これからも更に勝ち続けるのであろう。「ああ、僕はメルボルンカップを勝ったんだ」と、馬上インタビューで叫んだのは25歳のマイケル・ロッド騎手。彼は、9年前に大工辞めて騎手になったという変り種。しかし、クインズランド州のリーディング見習い騎手になり、見習いが終わるとすぐに香港で長期騎乗をした。帰るとすぐに、シドニーやメルボルンで大活躍をし始め、ウイリアムズ氏の厩舎の専属騎手になった。ロッド騎手は、昨年エフィシェントでダービーを制覇していたが、訳あってメルボルンカップの一月前に辞任した。だから、エフィシェントへの騎乗以来が再び来た時には天にも昇る気持ちだったらしい。そして、メルボルンカップ優勝。どんな気持ちだったのかは、想像がつく。4着のジッピングは、カップ後、GUのサンダウンクラシックを優勝した。ロッド騎手が去ってから、ウイリアムズ氏の専属になったものの、メルボルンカップでは、エフィシェントでなく、出走取り消しになったゲーリックへの騎乗を選択をしたスティーブン・アーノルド騎手のリベンジであった。

メルボルンカップ後、ちょっとしたドラマが。勝ち馬エフィシェントの管理をしていて、ウイリアムズ氏の持つ厩舎の専属調教師だったグラーム・ロジャーソン調教師が辞任したこと。優勝スピーチの中で、調教したのは実は自分ではなく、アシスタントのジョン・サドラー・アシスタント・トレーナーがしたのだと言ったことを問題とされ、現在その件に関して引き続き審議がなされている。その後サドラー氏は、正式な調教師免許を申請した。さて、優勝オーナーの、ロイド・ウイリアムズ氏は、カップ直後のインタビューで「今回、オブライエン調教師のマーラーは、3着になったが、彼は必ず勝てる馬を持ってくる。彼が本気になれば、恐らく、メルボルンカップの1つや2つは簡単に獲れるだろう」と語った。そこに、また日本馬が加わったなら、来年のメルボルンカップでは、オーストラリアの馬たちが、また脅かされるに違いない。